晃人の家に着いて、駐車場から車を出すために運転席のドアを開けた。

車内は高温になっていて、モワッとした空気を感じた。


晃人「あちー…」

夏乃「空気が、暑いのレベル超えてヤケドするって感じだね…。」

晃人「外のがマシだな、こりゃ。エアコン入れて冷やすから待っとけ。」

夏乃「ありがと。」


しばらくして、車内が少しづつ冷え、温度も下がってきた頃、

あたしたちは車に乗った。


晃人「で?」

夏乃「ん?」

晃人「どこへ行きますか?」

夏乃「あれ?わかってるんじゃないの?」

晃人「言ってたっけ?」

夏乃「あたしと晃人がいつも行ってたとこだよ〜!」

晃人「………」

夏乃「まさか忘れたわけ?」

晃人「や…。本気?」

夏乃「本気。レッツ・ラ・楚辺川〜。」


あたしと晃人が昔よく一緒に行った場所。

そこは楚辺川(そべがわ)だ。

地元から街までを結ぶ県内一長い川である。


晃人「車で行く距離?」

夏乃「本来はそうなの。チャリとばして行けてたのが若い証拠。10キロはあるでしょ?」

晃人「そうだな…。さすがにもう無理だな…。」


人混みがない。

信号がない。

そんなまっすぐの道を延々と車は進んでいく。


あたしはボケっとそんな道と流れていく雲を見ていた。


晃人「着いたぞー。」

夏乃「んー…。」

晃人「あれ、寝てた?」

夏乃「寝てませんよー。」

晃人「随分だるい声出すからさー。」

夏乃「そう?てか、この短時間で寝るわけないじゃん。」

晃人「ははっ。そーいや、気をつけるんだっけ?」

夏乃「…そーいう意味なわけ?」

晃人「さー?」

夏乃「…晃人なんか放っといて行こっと。」

晃人「おい!誰が連れてきてやったと…。」


川辺へと向かって歩き、軽い岩場を降りた。

草は伸び伸びと自由に長く生え、時折吹く小さな風に揺られている。

川は、サァーッと早めに流れ、追っていると目が回りそうなぐらいだった。


あたしは、大きめの岩に座って、履いていたサンダルを脱いで川に足をいれた。

夏場でも、川の水温は10度ぐらいでひんやりとしていて、

外の気温とのうまく合わない温度差がたまらなく気持ちよかった。


晃人「…ここで、石投げて誰が1番飛ぶかってよくやったなー。」


車を停め、少し遅れてここへ来た晃人があたしの隣へ座った。


夏乃「やったやった!特に晃人と幸弘は無駄に競ってたもんね。」

晃人「あぁ。で、岳はそんな俺らに石ぶつけられててな。」

夏乃「今思えば、あれはいじめだよね。」

晃人「いじめ?可愛がってたの間違いだろ。」

夏乃「そーいうの思い込みって言うんだよ。今度、岳に聞いてみなよ。」

晃人「マジで…?」

夏乃「さー?」


あたしは笑顔で答えた。


晃人「…さっきの仕返しか。」

夏乃「どうでしょー?」

晃人「けど、お前だってそんな姿を黙って見てたじゃねぇか。」

夏乃「だっておもしろかったんだもん。」

晃人「夏乃たちだって加害者じゃねぇか。」

夏乃「そんなん言ったら岳以外みんなでしょ。」

晃人「…それもそーか。しかし懐かしいよなー。」

夏乃「うんうん。あれって結局誰が1番飛んだんだっけ?」

晃人「俺に決まってんだろ。」

夏乃「あはは。幸弘に言ったら認めないだろなぁ。」

晃人「そーか?この歳でも昔みたくモメんのか?」

夏乃「モメるよ。2人なら。」

晃人「俺たち、成長してねぇみてー…。」

夏乃「え?違うの?」

晃人「夏乃に言われたくねぇし!」

夏乃「えへへー。」


あたしはそばにあった石を川に力強く投げ入れた。


《ピシャッ》


晃人「だせっ!5m飛んでなくね?」

夏乃「そんなことないもん!」

晃人「いや、飛んでねぇよ!石落ちたのすぐそこじゃん。」

夏乃「…。」


あたしは明らかに不機嫌だ、って顔で晃人を見た。


晃人「怒んなよー。夏乃は昔からノーコンだよなー。」

夏乃「いいじゃん。女の子だし。」

晃人「え?女の子?どこにいんの?おーい!女の子ー?」

夏乃「ガキ!」

晃人「うわ!ガキにガキって言われたし…。」


そう言いながら、晃人は石を川へ投げた。


夏乃「わ…。」

晃人「っし!」


晃人の投げた石はキレイな弧を描いて

《パシャーン》

と、音をたて、川へと入っていった。


夏乃「すご!すごいね、晃人!」

晃人「あたりめーっしょ。」

夏乃「…いばるなよー。せっかく男度上がったのにー!」

晃人「女度下がった夏乃ちゃんに言われてもなー。」

夏乃「なにを〜!」


あたしは晃人の肩をバシバシ叩いた。


晃人「…いてーよ。」

夏乃「バカアキト。」

晃人「お前ね…」


本当はあまり痛くないように叩いていた。


ちょっとだけ悔しかったから。


あたしは晃人のことを恋愛対象としてみたことはないけど、

それでも、何でか「女なんて意識してない」って、はっきり言われたのが、


ちょっとだけ悔しかった。


だけど、すぐに晃人は、あたしの手を簡単に受け止めた。

一瞬、握られた手は、気温のせいか…かすかに熱かった。



晃人「けど、あの頃は飽きずにずっとみんなでいたよなー。」

夏乃「…うん。近くに住んでるのに今じゃ、6人全員揃うなんて難しいもんね。」

晃人「あぁ。」

夏乃「ね。」

晃人「そういや、俺らがぎゃーぎゃー騒いでる中で深春が1番冷静だったよなー。」

夏乃「深春ちゃんって小さい頃はおとなしいタイプだったからねぇ。」

晃人「今もどっちかってーとそうだろ。」


深春ちゃんこと、畑中深春は、同じくあたしたちの幼なじみで、

地元の大学を出て、街の会社に就職した。


会社で知り合った人にすごく真剣に恋をして、恋愛関係になった。

あたしが知る限りでは、深春ちゃんにとっての初めての恋愛だったと思う。

その彼氏と結婚の話まで出たが、式の打ち合わせをするかしないかぐらいの段階で、


彼氏の浮気が発覚した。


深春ちゃんは、ただ逃げた。

現実を受け止めたくなくて、ただ逃げてきた。

逃げて、街を離れて、今は地元の小さな会社で働き始めて3ヵ月になる。


こんな小さな田舎町だから、噂なんて簡単に広がる。

こっちに戻ってきて、深春ちゃんはどれだけ暮らしづらかっただろう。

本当のことじゃないことまで言われたい放題に言われて。

本当の本当のことを知っているのは、深春ちゃんだけなのに。


夏乃「けど…深春ちゃん、何とか立ち直って良かった。」

晃人「そーな。」

夏乃「誰かが幸せになる分、誰かが不幸になるのが…悲しいけどさ。」

晃人「何だそれ。どういう意味?」

夏乃「…千紗のこと。」

晃人「千紗?」

夏乃「うん。」

晃人「千紗と幸弘って何があったわけ?」

夏乃「…幸弘の初恋って誰だか知ってる?」

晃人「深春だろ?」

夏乃「そ。深春ちゃん。」

晃人「…だから何…あ。え、そういうこと?」

夏乃「うん。」

晃人「けど…そんなの深春、嬉しくないんじゃ…まるで自分がされたことと近い…。」

夏乃「深春ちゃんは、幸弘が千紗と付き合ってること知らないからさ。」

晃人「何で?」

夏乃「幸弘、深春ちゃんとよく連絡とってたみたいだけど、自分の彼女については話さなかったみたい。」

晃人「何で…。つーか、あいつは千紗と付き合ってることずっと隠してたわけか。」

夏乃「みたいだね。千紗がね…1ヵ月くらい前に深春ちゃんと話したときに、幸弘に彼女がいないのが心配だって相談されたんだって。」

晃人「…何やってんだよ、幸弘は…。」

夏乃「…まだ未練あるからじゃない?」

晃人「未練あるから言わないわけ?」

夏乃「言い出せなかったんだと思うけど…。」

晃人「そう…だよな。いい加減なやつじゃねぇもんな。」

夏乃「うん。それなりに吹っ切ったから千紗と付き合うこと決めたと思うけど…
   今回の深春ちゃんのことあってから、少し態度が変わったみたいで。」

晃人「…。」

夏乃「千紗は十分頑張ったと思う。きっとどうしても消えない想いってあるんだよね。」

晃人「…。」


あたしは身体が冷え、寒くなってきたので、一旦、足を岩場へあげた。


みんなが大切な友達だし、

できることなら、みんなに幸せになってもらいたい。

だけども、誰かが幸せになるためには、

何かが壊れていく。

そんな切なさに心が痛んだ。


意味もなく、近くに生えていた笹の葉を取って、笹船を作って流した。

ここは急流というわけでもないのに、目にも留めて置けない速さで船は進み、沈んだ。


夏乃「あーあ…沈んじゃった。」

晃人「笹船流すのはもっと小さい川だろ。」

夏乃「…そだね。」

晃人「夏乃?平気か?」

夏乃「ん?何が?」

晃人「や…。」

夏乃「恋って言えばさー…初恋の人と結婚とか憧れだよねぇ。」


あたしは、無駄に明るい声で喋った。


晃人「マジで言ってんの?」

夏乃「マジですけど?」

晃人「ないだろ。」

夏乃「えー。」

晃人「大体、お前…初恋っていつよ?」

夏乃「えっ…えー…?小学生の頃かな…でも、どっちだろ。」

晃人「2人いんのかよ。」

夏乃「やー…多分、晃人か幸弘だと思う。」

晃人「うっそだろ。」

夏乃「本当だって。まぁ…身近にいた男が晃人たちだったしねぇ。」

晃人「けど…どっちとも付き合わなかったな。」

夏乃「結局、みんなとはしゃいでるのが楽しくて、恋愛なんてどうでも良かったのかも。」

晃人「わかる気がする。」

夏乃「でしょ?高校入ってからだもんなー。恋とか真剣に考えたのって。」

晃人「街の高校行ってから、夏乃は雰囲気変わったもんな。」

夏乃「岳も言ってたけど…そうかなぁー?わりと普通だったと思うけど。」

晃人「少なくとも、田舎には合わない感じだったよ。制服とかもさ。」

夏乃「制服?」

晃人「スカートの丈とか?」

夏乃「丈って…そこですか。」

晃人「そこですよ。」

夏乃「…オヤジ!」

晃人「えぇ、そうですけど何か?」

夏乃「…!」

晃人「俺に言葉で勝てるわけない。つーかさ、スカートって言えばよく、さとばぁに足叩かれてなかった?」

夏乃「あー、叩かれた!叩かれた!平手で…痛かったなぁ。」

晃人「ま、実際、丈とかよりそっちのがイメージ強い。」



あたしと晃人はいろいろな話をした。

何を話したいとかじゃなくて、思いついたことをそのまま話題にして何時間も話した。


空がオレンジ色に傾きはじめたころ、晃人がまた新たな話題を振った。


晃人「なぁ。夏乃さー…コンビニのバイト、いつまで続けるわけ?」

夏乃「いつまでって…いつまでも?辞めたら暮らせないし。」

晃人「そうじゃなくて。バイトじゃなくて働く気ないんだ?」

夏乃「街にはもう出る気ないしね。」

晃人「こっちでだよ。」

夏乃「働くとこなくない?」

晃人「田舎特権、紹介とかでどうにかなるじゃん。」

夏乃「…んー…会社で働くのとかいまいちピンとこなくて…。」

晃人「そっか。」

夏乃「うん。」

晃人「夢…とかねぇの?」

夏乃「夢ぇ?……そんなのあったのいつの話だかね。」

晃人「あったんだ?」

夏乃「いちおーね。ま、昔の話だよ。」


あたしにだって夢ぐらいあったよ。


叶わないって実感したから、

そんなの本当に夢だったんだって気付けたんだよ。


晃人「ふーん。」

夏乃「…あ、今は他にも夢あるけどねっ。」

晃人「何?」

夏乃「お嫁さんっ!」

晃人「…ガキ!」

夏乃「失礼だなー!いいでしょ、結婚に夢見るのだって。」

晃人「相手ができてから言えよ。」

夏乃「ここにいたら、彼氏なんてできないと思うけど。」

晃人「そんなことねぇだろ。」

夏乃「そうー?」

晃人「手近で手ぇ打てば?」

夏乃「みんな、友達期間長すぎちゃってねー。」

晃人「ダメなわけ?」

夏乃「今更、恋愛対象に見られないってこと。」

晃人「俺みたいな?」

夏乃「そ。それに幸弘も岳も好きな人いるじゃん?」

晃人「あー…。」

夏乃「話戻すけど…あたしは晃人こそ、絶対街で働くと思ってたよ。」

晃人「そう?」

夏乃「まさか家業継ぐとはねぇ〜…。」

晃人「お前…バカにすんなよ?」

夏乃「いや、そういうつもりはないけどさ…。」

晃人「いろいろあったわけ。地元にいたい理由が。」

夏乃「へぇ?そうなんだ。あたしはすごく出たかったのになぁ。」

晃人「彼氏と別れて半年で出戻ったかるーい失敗組だもんな。」

夏乃「そこは触れないでいてくれるのが優しさでしょ?」

晃人「俺は夏乃に優しさなんか持ち合わせてねぇよ。」

夏乃「うわー!イラッとするー!!」


本当は、晃人が優しいことなんて知ってる。

口ではこんなこと言うし、すぐ言い合いにもなるけど…


でもいつまで経っても変わらない。


あたしは、そんなあたたかさにいつも包まれていたんだ。



3.現実

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