「そいじゃー・・・ありがとうございましたー!」

葵「お疲れさまです。あ、あの・・・これ良かったらどうぞ。」

「あー、どもっす。すみません。」

葵「いえいえ、ありがとうでしたー。」



午後。


引っ越し業者の方があたしの家に荷物を運んで帰っていった。

あたしは、たくさんわがままを聞いてもらってしまったので、

帰りがけに、ペットボトルのお茶を渡した。


今日から1人暮らしを始める。

就職が決まって、都会とも田舎ともいえないところから引っ越してきた。

両親には、実家から通える範囲にすればいいのにと、

何度も説得されたけど・・・でもあたしはこの仕事をしたかった。

だから、内定が出たときは純粋に嬉しかった。

ただ、配属場所が都内ということを除いては。

あたしはこの仕事をしたかったけれども、都内では働きたくなかった。

やっぱり人には適正・不適正があると思う。


あたしにとって、都内=都会は不適正な街だと思う。


川崎葵。

4月から、憧れだったグリーンリース業を行っている会社で働く。

昔から、花が大好きで、できることなら仕事にしたいという夢が叶った。


葵「っあー!どうしよ、このダンボールの山。」


引っ越し業者の方はすごく良い方だった。

荷物をご丁寧に窓際から順に並べていったんだ。

だから、今荷物は、端から敷き詰められて2DKの部屋の1部屋を占領してる。


葵「・・・ドア側から片付けてくか。でもなー・・・」


ドア側の荷物の箱をちらっと見るとそこには、

〔小物〕とか書かれた箱や〔CD〕など、今出してもさほど必要ないものばかりだった。


葵「仕方ない・・・小物は右端によけて必要なものからっ・・・と。」


1人暮らしを始めることになって、今日が初日。

それなのにも関わらず、無駄に独り言が多いあたし。

1人暮らしを長い間してると独り言がでやすくなるって聞くけど、

あたしの場合は、最初から出やすいタイプのようだ。


《ピンポーン》

葵「?あり?誰かきた。えとー・・・インターホンはー・・・。」


荷物の山から抜け出しインターホンへ向かおうとすると、今度は携帯が音を立てた。

あたしは、インターホンより先に携帯へ出た。


葵「はーい。」

「あ、いたいた。」

葵「へ?何?未沙」

未沙「引っ越しのお手伝いに来てあげたのよー!」

葵「うっそ、マジで。」

未沙「マジでー。今のピンポンあたしらだからー。」

「てか、未沙。ピンポンってなくね?」

未沙「うっさいよ、瞬。」

葵「あ、瞬も一緒?」

未沙「そうそう。」

葵「今開けるね。」

未沙「あいよー。」


《ガチャ》

あたしは鍵を開けドアを開けた。


葵「ごちゃついてる部屋へいらっしゃいましー。」

瞬「引っ越したばっかだししゃーないっしょ。」

葵「ありがとね、こんなとこまで。」

瞬「あぁ。」

未沙「いいってことよー。けど、いいとこだね!」

葵「あ、未沙から見てもそう思う?」

未沙「うん、3階だし、駅もコンビニもオマケに警察まで近いしね。」

葵「そうそう!それが気に入った1つなんだよねー。」


あたしは都内暮らしになるから、未沙とは少し離れたとこに住む。

未沙は地元で大学時代から続けていたアルバイトを続けるらしい。

いわば、フリーターである。けれども、もう同じ場所で何年も続けているため、

給料もよく、上司の方々もいずれは正社員として、と見てくれているらしい。


瞬は、もともと就職を都内で希望し無事、大手企業に決まった。

偶然にも、あたしたちの会社が同じ沿線にあるので、

気軽に遊びに行ける距離で、ということで、

瞬と話し合って徒歩10分圏内で行き来できるような場所のマンションを選んだ。


遠藤未沙と中谷瞬は、大学時代の友達。

入学当時、いろいろなサークルに勧誘されて・・・

どれに入ろうか迷っていたとき、すごく素敵なビラが作ってあった野球サークルが目に入った。

とはいえ、ビラに惹かれただけで、野球に関しての興味も知識もなかった。

だけど、そのビラを真剣に見ながら歩いていたところを偶然すれ違った先輩に声を掛けられた。

そして、マネージャーを引き受け、サークルを通じて知り合ったのが未沙と瞬。

ちなみに未沙は、ビラをもらったと同時に囲まれ、これまた強引に勧誘されたらしい。

瞬は、自分から入った。

サークル初飲み、つまり新入生歓迎会で意気投合し、気がついたら3人でいつも一緒にいた。

あたしを勧誘した先輩は上原聡史といって、のちに会長になりすごく仲良くなった。

あたしの元カレさんでもあり、野球サークルのビラを作ったのは、聡史だった。



未沙「どれからやればいいー?」

葵「んー・・・どうしようかな。」

瞬「つーか、何この並べ方。やったの葵?」

葵「や、引っ越し業者。」

瞬「面倒くせぇことを・・・」

葵「ねぇー・・・。まぁでも感じはいい人だったよ。」

瞬「へぇ。じゃ、俺は大きいものを中心にやるわ。セッティングとか指示あったら言って。」

葵「ラジャ!」

未沙「あーたしはっと・・・キッチン用品でもやるね。」

葵「さんきゅう。じゃああたしは後回しにする予定だった小物と服でも・・・」


ここに住むあたしが仕切ることはなく未沙や瞬は自由に手伝ってくれた。

まぁ・・・あたしに仕切れってのが無理なんですが。

そうこうしているうちに、たくさんあったダンボールがゴミになっていった。


瞬「うぉーわったぃ。」

葵「お疲れー。ありがとね、瞬に未沙。」

瞬「いえいえ。その代わり、来週俺のときも手伝ってくれよなー。」

葵「了解です!」

未沙「あ、あたし瞬の引っ越し手伝えないからー。」

瞬「・・・何で?」

未沙「ん?・・・デート?」

葵「・・・彼氏できたの?」

未沙「んー・・・まだ違うけどねぇ。でも多分、告られる気がする。」

葵「そっか。」

未沙「ちょっとちょっとー何でそんな暗いのよー!いい話題でしょ?」


未沙は3ヵ月前に1年間付き合っていた彼氏と別れた。

原因は彼氏の浮気だった。

そのときあたしと瞬で必死に励ましたっけかな。

本当は、未沙が立ち直ってくれたのならそれは友達として嬉しいことなんだけど・・・

あたしは未沙に彼氏ができるのを応援できない理由がある。


葵「や・・・そだよね!それよりさ・・・えとー・・・あ、お茶でも淹れるよ。」

未沙「あ、ごめん。あたしこの後バイトなんだよねぇ。」

葵「そうなんだ?ごめんね。それなのに手伝ってもらっちゃって。」

未沙「全然大丈夫。葵のためなら何のそのですよ!」

葵「ありがとー。」

未沙「それにこれからはあまり会えなくなっちゃうかもだしねぇ。」

葵「そうだよねぇ・・・。」

未沙「ま、連絡はマメに取り合おうね!」

葵「おぅ。毎日しちゃる!」

未沙「あら?あたし愛されちゃってるーぅ。じゃあ・・・帰るけど瞬は?」

瞬「俺はいーや。葵にちょっと話あるからさ。」

未沙「ふーん。話・・・ねぇ。あ、ねぇねぇ!瞬って好きな人いないの?」

瞬「・・・何突然。」

未沙「瞬って恋愛に関してだけ秘密主義だよねぇ。いろんなこと話すくせにさー…。」

葵「あー・・・と、えと、あ!未沙、時間やばいんじゃない?」

未沙「…うん。そだね。」


あたしは未沙を玄関先まで送った。


葵「今日は本当ありがとね。」

未沙「あいよー。あ、ねぇねぇ瞬ってさ・・・葵のこと好きな気がしない?」

葵「は?」

未沙「葵もー・・・上原さんと別れて結構経つでしょ?考えてみたらー?」

葵「な!未沙。・・・何でそう思ったの。」

未沙「だってー・・・わかるもん。瞬の目見てれば。この後も話あるって言ってたしひょっとしたらするかもよー?」

葵「ないって。」

未沙「ま、何かあったら連絡よろしくっ!んじゃね!」

葵「・・・ばいばい。」


あたしは玄関のドアを閉めて、リビングに繋がるドアを開けた。


葵「瞬・・・」

瞬「あー・・・ったく本当あいつは・・・」

葵「・・・あたしに話なんかないんでしょ?」

瞬「あぁ。」

葵「未沙と帰りたくなかった?」

瞬「聞きたくねぇよ。あいつの彼氏になるかも知れねーやつの話なんて。」

葵「友達って枠、はまりすぎるとつらいよね。」



瞬が好きなのは未沙である。

もうずっと何年も。

未沙の彼氏がただの男に戻るたびにチャンスはある。

でも、未沙が別れたあとも引きずるタイプだから、友達としてはきっと動きにくい。

だからこそ、瞬は未沙に気持ちを伝えないで、この立場に留まってるのだと思う。



瞬「俺、そんなわかりづれぇかね?」

葵「・・・あたしには瞬が好きなのは未沙だって丸わかりだけどね。」

瞬「葵はすぐ気づいたもんな、俺の気持ち。」

葵「いつも一緒にいれば友達が誰を好きかなんてわかるよ。」

瞬「あいつにはわかんねぇんだな。」

葵「未沙、最高級の鈍感娘なのかも知れない。」

瞬「まぁなー。」

葵「さっき、瞬が好きなのはあたしだって言われたし。」

瞬「は?!」

葵「本当に『は?』だよね。」

瞬「俺が葵を好きだったらとっくに付き合ってるつーのにな。」

葵「・・そうなの?」

瞬「だって、半年も彼氏いねぇじゃん。好きな女がそんなにフリーなのにほっとかねぇよ。」

葵「それもそっか。まぁあたしは円満?な別れ方だったしね。」


しばらくして、瞬は帰っていった。

これから、働きだしたら、ますます未沙との距離があく。

今回、未沙のことを好きなのであろう男が彼氏になったら、

瞬はどうするんだろう。

いい加減、身を引くのかな。

あたしは瞬と未沙はお似合いだと思ってるけど・・・

未沙はそう感じないのかな?

瞬の隣にいるときが1番素の自分で、落ち着くって。


葵「あぁああぁぁー!!!あー・・・」


あたしは少しイラっとした気持ちを落ち着かせようとベランダに出た。

外は少しひんやりしていて空気は冷たかった。

けれど、気持ちは落ち着くことはなかった。

なぜかというと、どこからか音の大きい音楽が聞こえてきたからだ。

こういう、人の迷惑を考えないで自分のことばかり考えているやつは大嫌い。

部屋に戻ると、音は尚更大きく、隣の部屋の人からだというのがすぐにわかった。

激しくイラついたが、引っ越し1日目。

ここはおとなしくしておくべき。

隣との関係をここで崩したらアウトだ。



この不慣れな都会で一体、あたしの新生活はどうなっていくのだろう。


2.隣人

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