--------------------2週間後。 仕事を始め、職場にはまだ慣れていないが、 やはり、やりがいと個人的な充実感は毎日ある。 都内への配属は本当に嫌だったけれど、会社の人たちがいい人たちばかりで、 様々な人がいて、都内だからこそ、出会えたのかも知れない、と思うようになった。 そして、仕事から疲れて帰ってくる20時過ぎにいつも決まって音楽が流れてくる。 相変わらずの大音量。 いい加減、我慢も限界が来ていた。 あたしは、意を決して玄関のドアを出て、隣の部屋のドアの前に立った。 表札には、『栄田』と書かれている。 男か女かファミリーなのか全然わからない。 いつも流れてくる音楽は洋楽なので、男好みの曲なのか女好みの曲なのかもあたしにはわからなかった。 葵「・・・よしっ!」 《ピンポーン》 思い切ってインターホンを鳴らした。 《ガチャ》 「はい。・・・誰?」 う。男だ。 どうしよ。言いづらいなぁ。 でも・・・言わなきゃだよね。迷惑は迷惑だし。 葵「あ・・・隣の者ですけど・・・」 「あぁ・・・え?いたっけ?」 葵「2週間くらい前からいましたけど・・・。」 「そ。で、何?」 葵「あの、音楽のボリュームもう少し下げてくれません?」 「そんな聞こえた?」 あたしはこの謝りもない言葉に少しイラっときた。 葵「聞こえたなんてもんじゃないんですけど!」 「あー・・・。」 葵「・・・ちょっと来てください!」 「は?ちょ、おい!」 あたしはあまりにもの態度に我慢できなくなって、 その男の腕をとって自分の部屋へと向かい、ドアを開けてリビングに入った。 葵「ほら!すごい響いてるでしょ!」 「・・・げ。本当だ。ごめん。下げるわ。」 葵「まぁ、わかってもらえたなら・・・。」 「つーか、変な態度とってごめん。」 葵「へ。あ・・・いえ。」 あたしは急に態度が変わって驚いた。 「・・・仕事先でイラつくことあってさ。この音じゃイラつくのはお隣さんの方だよな。」 葵「そうだったんですか。・・・音楽聴くと落ち着きますよね。好きなんですか?」 「ん?あぁ。わりと。お隣さんもそうなんだ?」 葵「はい。あ、あたし葵です。川崎葵です。」 「ん、葵ね。俺は栄田。」 葵「あ、はい。さっき表札見ましたよ。」 「そっか。」 葵「男か女なのかファミリーなのかなぁ、って考えました。」 「名字だけじゃわかんないもんな。」 葵「あの・・さっきはすみませんでした。勢いとはいえ・・・」 「いいよ。ま、でも1人暮らしの部屋にいきなり男あげんなよ。」 葵「あ・・・」 「気をつけて。」 葵「・・・はい。」 「な、葵って何歳?」 葵「23です。こないだ誕生日だったんで…。」 「へぇ。早いな!俺、25。敬語とかいいからさ。これからは隣っつーことでよろしく。」 葵「は・・じゃなくて、うん。こちらこそ。」 あたしは引っ越してきて、この部屋には毎晩、隣の部屋からの音楽が聴こえてきてイライラして、 ろくなことないって思ってたけど・・・でも本当のところはいい人だった。 栄田さん、か。 都内に来て、初めて友達ができた。 ・・・友達と呼んでいいのかわからないけど・・・知り合いができただけでも十分に心強い。 近くに瞬が住んでるけど、まだまだ仕事始めたばっかりでお互いに忙しくて落ち着かなくて、 ちっとも連絡を取ってない。 少し前に「今日から住むから。」とメール来て以来、音信不通だ。 やっぱ、大手企業は忙しいし、精神的にも体力的にも疲労がすごいんだろうなぁ。 * 引っ越して来てから、栄田さんとまともに顔を合わせたことがなかったのに、 朝や夜によく会うようになって、少しずつ会話も増えていった。 明くる朝、ドア前で仕事に行こうとしてる栄田さんと会った。 もちろん、あたしも仕事に行くために部屋を出た。 「お、うぃっす。今から出勤?」 葵「おはよー。うん、栄田さんも?」 「あぁ。早いな。」 葵「今日はちょっと片付けたい仕事あるから早く行こうかなー、って。」 「そうなんだ。」 葵「栄田さんはいつもこの時間なの?」 「んや。俺はいつも時間違うからさ。」 葵「へぇ。」 考えてみたら、仕事という感じの服装とかで会ったことはなかった。 いつも私服で、会うたびにコンビニの袋を持ってたり、 外でたばこを吸ってたりとかそういう姿しか見たことがなかった。 仕事に行くという栄田さんに会ったのは今日が初めてだった。 一体、何の仕事をしてるのだろう、と疑問に思ったが、 何となく聞きづらかったので聞かなかった。 ちなみに、仕事に行くと言っている今も私服だ。 エレベーター待ちをしていると栄田さんが声を掛けてきた。 「なぁ。」 葵「え?」 「俺さ・・・あんな音で音楽かけててよく隣に文句言われなかったよな。」 葵「は?あたし言ったじゃん。」 「葵じゃなくて。俺のもう一方の隣。305号室の人。」 葵「あ、そっちか。あれ?でも確か空き部屋じゃなかったっけ?」 「あ、そうなの?」 葵「うん、いなかった気がするー。」 「だから平気だったのか。」 葵「じゃない?やっぱよく響いてくるのは両隣だよね。」 「すみません・・・。」 葵「もー・・・過ぎたことだしね。それに栄田さんとも知り合えたし良かったかな?」 「え?」 葵「変な意味じゃなくてね?あたし就職からこっちだから、友達は1人しかいなくてねぇ。」 「そうだったんだ。」 葵「だから何か・・・心強いというか?」 「あぁ。あるよな、そういうの。俺はこっち長いけど・・・女友達はいねぇかな。」 葵「えぇー!栄田さん、かなりいっぱいいそうなのに。」 「いないいない。」 葵「彼女さんオンリーなんだ?」 「彼女もいないよ。」 葵「うそっ!」 「引くなよ。25でいなくて悪いか!」 葵「いや、そういう意味じゃなくてね・・・いないことに驚いたっていうか。」 「んー・・・まぁ、ちょっと女とはいろいろあって、だから今は女友達も彼女も面倒っつーかね。」 葵「そうなんだ・・・。え、ちょっと待って!それ間接的にあたしも面倒の一部って言われてる?」 「はは。違う違う。大丈夫だって、葵は。」 葵「そ、そう?・・・ならいいけど。」 「心配すんな。嫌なやつにこんな話したりしねぇからさ。」 葵「そ、それもそっか。」 エレベーターが来て、乗って1階へと向かった。 「そういや、葵は仕事先まで電車?」 葵「うん、隣の駅まで行ってすぐ目の前のビルなの。」 「へぇ。近いじゃん。俺、車なんだけど乗せてってやろうか?」 葵「え、でも悪いよ!栄田さんだってこれから仕事でしょ?」 「俺ー・・・はまだ大丈夫だからさ。何つーか、外回り?みたいのだから。」 葵「そう?なの?じゃあ・・・お言葉に甘えちゃおうかな。」 「じゃ、車回してくるから待ってて。」 葵「うん。」 それから、あたしは栄田さんに会社まで送ってもらった。 葵「ありがとね。」 「おー。頑張れよ。新入社員!」 葵「あはは。うん!」 栄田さんと話してるとどこか落ち着く。 やっぱ年上ってのがあるのかな。 最初は態度が悪い変な人だったのに、今じゃ仲良し。 …仲良しって思ってるのはあたしだけかも知れないけどね。 まぁ、基本的にまだ何も知らないけど。 下の名前も、仕事も、趣味も。 それでも確実にあたしの中で栄田さんの存在は大きくなっていた。 3.それぞれの恋 閉じる