去年の冬、あたしは彼氏の浩貴と別れた。
その年の夏、19歳の誕生日のプレゼントにペアのドッグタグ・ネックレスの片方をあげた。
これからも、一緒にいられるって信じてたから。
だけど、あたしは、このドッグタグ・ネックレスがペアだということを告げていなかった。
だから、プレゼントを渡してすぐに、
「このドッグタグに入ってる3本の線の柄?みたいの意味あんの?」って聞いてきたよね。
そのときは教えてあげなかったんだ。
意味あったんだよ。
もう1つあるあたしのドッグタグ・ネックレスとペアってこと。
あわせると雪の結晶のかたちになるってこと。
あたしと浩貴が出会ったのは真冬。
会うときに限って、いつも天気は雪だったね。
浩貴が着ていた黒いコートに雪が積もると、
そこには、雪の結晶ばかり。
それが、とてもキレイで。
あたしにとっては浩貴と過ごした時間に雪の結晶があるって思ってたんだ。
冷えた手を握ってくれる、温めてくれる、君はもう隣にいないけれど。
そんな中でまた訪れた冬。
あたし、水谷咲、20歳。
今でも、もうひとつの雪の結晶のドッグタグ・ネックレスを持ってる。
別れてから1年10ヵ月経った。
もう浩貴に新しい彼女ができただろうか?
もちろんあたし自身も1人新しい彼氏がいた。
だけど、やっぱり全てを浩貴と比べるあたしがいる。
そういうの最低だってわかってる。
けど、忘れられないから。
どうしても、浩貴と過ごした時間が忘れられないから。
里華「咲、おはよう。」
咲「あ、里華おはよ・・・。」
横井里華、同じ大学の友達。
里華「どしたー?・・・もしかしてまた佐野くん絡み?」
咲「え…。」
里華「やっぱりかー。」
咲「…うん。やっぱ忘れられなくって。」
里華「連絡取ってみないの?」
咲「携帯のメモリー、別れたときに消しちゃったんだよね。」
里華「ありゃ。それじゃ連絡のしようがないのかぁ。」
白い息が寒さを一層に強め、2人の会話を打ち消すように吐かれる。
あたしと浩貴が別れたのには、それなりに理由があった。
これからもずっと一緒にいたくて、
同じ大学を受験した。
結果は、あたしが受かって、浩貴は落ちた。
浩貴は、最後まで頑張ってたけど、どこの大学にも受かることはなかった。
そして、お互いが別々の道に進むことになった。
あたしが大学へ入学してから、浩貴はアルバイトの毎日。
学生のあたしは、昼間に大学へ行く。
浩貴は朝から夜まで働きづめだった。
当然、すれ違いの毎日だった。
あたしは実家暮らしだし、働いている人よりは、どう考えたって楽な生活をしている。
学費は両親に出してもらっているし、
忙しいって言っても、大学生はわりと時間が作りやすい。
浩貴は、地方出身で、高校からこっちに出てきた。
そして、16歳の頃から、1人暮らしをしている。
高校3年間は、奨学金や自身で稼いでいたバイト代があったけれども、
大学を落ちて、浪人になってしまったため、
奨学金は当然もらうことができなかった。
浩貴の実家は農家で、決して稼ぎが良い方ではない。
できれば頼りたくはない、といつも口にしていた。
そういう、年齢のわりにはしっかりしているところが、
あたしが浩貴を好きになったひとつだったと思う。
無理してでも、続けようと思えば続いたと思う。
ただ、お互いの気持ちが少しずつ離れていったのは確か。
これ以上一緒にいたら、傷つけあうしかないことも確かだった。
3年以上も一緒にいて、いつの間にか当たり前のように隣にいた。
あの頃には気付くことができなかった。
もう少しだけ、
もう少しだけ、お互いに相手を思いやれていたら、
別れるなんて道なかったことを。
咲「家は知ってるんだけどさ…。」
里華「あ、そうなんだ。」
咲「うん、彼女いたらなーって思うと会いに行くの怖いんだ。」
里華「咲…。」
咲「まぁ・・・ほら、あたしにだっていたし?」
心配してくれる里華にも悪いようで、これ以上は何も言えなかった。
大学に着いて、受けた授業はどれも頭に入らなかった。
何で急にこんなにも寂しいって感情が溢れてきたのかさえわからなかった。
モヤモヤと考えてる自分が嫌になってきて、
浩貴の家の近くのコンビニにでも行ってみることにした。
偶然に会うなんてことあるわけないけど。
『いらっしゃいませー』
あたしは雑誌コーナーに行って立ち読みをするふりをしながら、
コンビニのガラス窓から見えるアパートの2階に目を向けていた。
浩貴が住んでるところ。
203号室。
用もないコンビニに30分くらいいた。
結局会えるわけもなく、帰ろうと思いコンビニを出た。
家に向かって歩きかけたけど、どうしても帰る気分になれなくて、
コンビニと浩貴のアパートの近くにある公園のベンチに腰かけていた。
1人でいたくなくて誰かといたかったから、
携帯のメモリーを一周させるように電話をかけた。
咲「はぁー・・・みんなダメかー・・・。」
里華も彼氏のとこだし…。
咲「あーーーーーーー!」
叫んでみた。
何かが変わるかと思って。
だけど、少しだけ恥ずかしかったから、一応、周りに人がいないかは確認したつもりだった。
「・・・!…ひょっとして、咲?」
そう誰かがあたしの名前を呼んだ。
あたしの前にどこか懐かしいけどそうでないような顔が目に入った。
咲「ひ、浩貴?」
浩貴「おー。やっぱ咲か!久しぶり。つーか、何こんな公衆の場で叫んでんの?」
咲「え!・・・や、ちょっとイラついてまして…。」
そう言いながら来ていた服をぎゅっと掴んでいた。
浩貴「相変わらずだなー。」
咲「そ、そう?」
そんなことを言いながら、浩貴はあたしの座ってたベンチの隣に座った。
浩貴「元気だった?」
咲「・・・うん。」
浩貴「そっか。」
どうしよう…。
うまく話せない。
あの頃は、もっと…もっと簡単に話せてたのに。
あたしの本当の気持ちは伝えるべき?
でも彼女いたら・・・。
だけど、伝えなきゃずっとこれからもモヤモヤし続けるのかな・・・。
それは辛いし、嫌だけど…。
どうしよう・・・。
そんなことを頭の中でグルグルと考えていたら、
先に口を開いたのは浩貴の方だった。
浩貴「・・・咲は今、M大行ってんだっけ?」
咲「うん。浩・・・貴は?」
浩貴「バイトの毎日。来年、大学受験し直す予定。」
咲「・・・そっか。」
浩貴「現役より2年遅れだけど。」
あたしはどう返答していいかわからずに黙った。
気休めの言葉だとか、ただうなずくだけとか、
そういう言葉は発したくなかったからだ。
だから、大学についての話題を避けようとして、
他の話題を探して、口を開いた。
咲「い、今もあそこのアパートに住んでるの?」
浩貴「ん?あー、そう。」
咲「…」
しまった…。
会話が続かなかった。
浩貴「今、バイト帰りでさ、公園抜けると俺ん家近いだろ?」
咲「う、うん。」
浩貴「そしたら、見たことあるやつが大声で叫んでたんだよ。」
咲「うっ・・・」
浩貴「…イラついてたんだっけ?何かあった?」
咲「・・・何もない・・・よ。あ、あたし帰る!」
そう言いながら来ていた服をぎゅっと掴んでいた。
浩貴「え、おい?咲!ちょ…」
浩貴が呼び止めようとしてくれてたのは何となくわかった。
それでもあたしは、この空気に耐えられなくて走った。
ベンチに浩貴を残して走った。
会いたかったのに。
ずっと会いたかったのに何をやってるんだろう。
冷静になれたのは、公園から少し離れたところだった。
後悔したくないないのに。
・・・それからあたしはまた走って公園に戻った。
逃げてばかりじゃいつまで経っても答えなんて出ないから。
咲「・・・いない・・か。」
遅かった。
戻ったときには、もう浩貴の姿はなかった。
頬を伝って流れてくる涙の温かさと空気の冷たさが、
あたしと浩貴の距離の遠さを感じさせた。
2.素直な気持ち