太陽がサンサンと差していて、

青い空に大きな入道雲。

風に揺れる向日葵が夏真っ盛りだと告げている。


気温がぐんぐん上昇して、

水分がなくては外も歩けないぐらい。

そんな今日。



夏乃「あー…つい、暑い、暑い!」

千紗「夏乃、うるさい!」

夏乃「だって!暑い!」

千紗「暑い暑い言ったってどうしようもないでしょ。」


あたしは、自宅の縁側で寝そべってごろごろし、千紗は隣で雑誌を読んでいた。


夏乃「だーけーどー…」

千紗「もう何十年も住んでるんだから慣れなさいよ。」

夏乃「好きでこんな田舎に住んでるわけじゃないもーん。」

千紗「ほーんと…夏乃は昔からあまり地元好きじゃないよね。」

夏乃「千紗こそ、何もなくて見渡せば田んぼと畑、プライバシーのカケラもないここのどこが好きなのさ?」

千紗「そういう問題じゃ…」

夏乃「どういう問題よ?」

千紗「…いいじゃない、のどかで。」

夏乃「のどかとか通り過ぎてド田舎なのよ、ここは!」

千紗「…そ。」


湯原夏乃。

『あったかい名前だね』ってよく言われる。

夏生まれの21歳、職業は1日に5本しかないバスで、

30分行った先にある小さな小さな売れないコンビニ店員。


家の窓から見えるのは、山や川や田んぼ。

道を歩けばほとんどが知り合い。

そんな田舎町に住んでいる。


千紗こと、小村千紗は、小中学校の同級生兼おさななじみ。

…って言っても、この辺りで同い年なのは千紗だけで、

あとは年下や年上の人たちばかり。

あたしが、小学校1年生のとき、4年生だった男の子が、

この町にいる1番年上の子どもだった。

そんなあたしも21歳。

1番年上だった男の子も、今じゃ25歳。

立派な大人だ。


クラスは、異年齢構成で平均10人。全員友達だった。


高校は街の高校に1時間半かけて通った。


友達も倍に増えた。

夢も頑張った。

恋もした。

失恋もした。



何もかもが初めてだった。



そこで知ったキラキラしている世界をあたしは心のどこかで

忘れられないのかも知れない。


高校卒業と同時に、当時付き合っていた彼氏と、

同棲しようと町を出たけど、いろいろあって半年も持たずに別れることになって結局出戻った。


それから、彼氏はいない。

恋をしなくなって、3年目の夏だった。


夏乃「千紗…?」

千紗「何ー?」

夏乃「怒った?」

千紗「全然?」

夏乃「本当?」

千紗「何年夏乃と一緒にいると思ってんのよ。」

夏乃「う…」

千紗「それに、このぐらいのことで怒るやつなんてここには住んでないでしょ?」

夏乃「…あ。」

千紗「ん?」

夏乃「…自分のこといろいろ知ってくれてる人がいるのっていいのかも。」

千紗「ははっ。夏乃が初めて感じたこの町のいいところ?」

夏乃「…かな?」


あたしは、千紗を怒らせたのかなと思って焦ったけれど、

思わぬ返答をくれて驚いた。


正直、この町が嫌いだって思ったとしても、

あたしはこの町で生まれて、この町で育ってきた。

つまり、あたしはこの町に染まっている。

だから、街の高校へ通ったときは、人間関係に悩んだ日々があった。


全てわかってくれる人なんて簡単にできないし、

全てをわかろうとしてくれるような人もいないし、

心から人と向き合おうとする人もいないように感じた。

友情なんていう言葉の表面にも満たないくらい薄い関係。


それがすごくすごく辛かった。


ただ、きっと、そう。

あたしが過ごしてきた中で周りにいた人たちが優しすぎたんだ。

求めすぎてる、ってことに気付いたのはしばらくしてからだった。


夏乃「そいえば、せっかくの休日に千紗ちゃんは1人?彼氏は?」

千紗「あー…。」

夏乃「ん?まさか幸弘、休日出勤?」


幸弘とは、日高幸弘。

千紗の彼氏で、同じくあたしたちの幼なじみで3コ上の24歳で現役教師。


千紗「や。休みじゃん?」

夏乃「会わないんだ?」

千紗「先週、別れた。」

夏乃「…へ?」

千紗「…ごめんね。言ってなくて。」

夏乃「そ、そんなことより…じゃあ…千紗の勘当たったの?」

千紗「どうだろ?直接は聞いてないんだ。」

夏乃「いいの?確かめなくって。」

千紗「うん。よくよく考えたらわからない方がおかしかったんだよね。」

夏乃「千紗…。」


「話せば?」


後ろから急に声が聞こえて、あたしは肘をついて体を少し起こした。


夏乃「あ、晃人。」


菅沢晃人。


4コ上で25歳の晃人は誰から見ても、

いつまでもお兄ちゃん的存在で、頼りになる人。

あたしのことを誰よりも理解してくれていて、

誰よりも近くにいてくれる人である。


晃人「幸弘、千紗のこと探してたぞ。」

千紗「いいの。もう…」

晃人「よくないだろ。何があったか知らねぇけど、幸弘が納得してねぇだろが。」

千紗「…だって。」

晃人「もう大人なんだから、逃げないでしっかりしろ。な?」

千紗「……うん。」

夏乃「千紗。あたしも晃人の言うとおりだと思うよ?」

千紗「わかった。…幸弘の家行ってくる。」


千紗は読んでいた雑誌を閉じて、幸弘の家へと向かった。


夏乃「はぁ…。恋愛って難しいなぁ。」

晃人「ん?」

夏乃「片思いよりさ、ずっと付き合っていくことのが難しいなぁって。」

晃人「そりゃな。」

夏乃「人間だし仕方ないんだけど…千紗、可愛そう…。」

晃人「どういうこと?」

夏乃「千紗は幸弘を想って別れてあげたんだと思うからさ。」

晃人「…?それってどういう……」


夏乃「あーぁ…あつ…じゃない、寒い寒い。」


あたしは、また寝転がり体制をとりながら、

暑いって言うから暑いのだと思って、反対に寒いと言ってみた。


晃人「は?…寒いって…ハラだして寝転がってっからだろ。」


そう言って、あたしのお腹をペシっとたたいた。


夏乃「痛っ!ちょ、セクハラ!」

晃人「セクハラ?!出してる方が悪いっつーの。」

夏乃「いいじゃん!あたしの家なんだし。」

晃人「そういうことじゃなくて…女なんだからもう少し気ぃ使えよ。」

夏乃「晃人に気ぃ使うの?」

晃人「俺も男なんだけど?」

夏乃「知ってるよ?」

晃人「あのな、男は気持ちなくてもできんだよ。」

夏乃「うっわ。サイテー!何言ってんの!」

晃人「サイテーじゃねぇ!なら、隠せ。」


結局、晃人があたしのキャミソールを引っ張ってお腹を隠した。


夏乃「…今日は仕事は?」

晃人「休み。」

夏乃「そっか。」

晃人「夏乃は?」

夏乃「同じく休み。」


物干し竿の近くに吊るしてある風鈴がチリンと音をたてる。


晃人「…どっか行くか。」

夏乃「え?」

晃人「何だよ。昔は休みのたびに出掛けてたろ?」

夏乃「そだけど……。」


あたしは晃人からの思わぬ誘いに驚いた。

晃人とよく出掛けてたのはあたしが中学の頃までのことだったから。


晃人「どこ行きたい?」

夏乃「どこって……。」

晃人「何もねぇもんな、ここ。」

夏乃「まぁ…」

晃人「俺、車出すからさ、街も行けるぞ?」

夏乃「………あ。じゃ、行こ。」

晃人「お?早。どこ行くか決まったんか?」

夏乃「アキちゃんと行くとこって言ったら…ねぇ?」

晃人「…?つーか、その呼び方懐かしすぎ。」


小さい頃はずっとアキちゃんって呼んでいた。

晃人が久々に「どっか行くか。」って声を掛けてくれたから、

忘れていたことが一気によみがえった。


あたしたちは、家を出てすぐにある裏道の細いあぜ道を歩く。

ここを真っ直ぐ抜けると、すぐ晃人の実家だ。


晃人は、大学を卒業したら街に出て行くと、あたしは勝手に思っていたけど、

突然、実家の家業を継ぐからと言って、両親の反対を押し切って働き始めた。

今思えば、晃人の両親が反対をしたのは、せっかく大学まで出たのに、

若い子どもをこんな田舎に置いとくのは…と思った優しさなのではないかと思う。


晃人「そういやさー…呼び方、いつの間にかアキちゃんから晃人になったよなー。」

夏乃「あー…それは幼なじみの存在を元元カレが妬いたからかな。」

晃人「も、元元カレって…。」

夏乃「表現悪い?じゃあ、タカヒロ?」

晃人「いや…名前出されても…!」

夏乃「じゃーどうすれば…」

晃人「…いいよ、元元カレで。で?そういう理由だったんだ?」

夏乃「異常なまでに妬くやつでさ…岳のことすら敵視してたよ。」

晃人「岳にまで?あいつあの頃、中学生じゃ…」


「俺?」


あたしと晃人は、背後から声が聞こえたので振り返った。


夏乃「岳!」

岳「久しぶり!」

夏乃「戻ってきてたの?」

岳「さっき着いたばっか。」

夏乃「おかえりー!」

岳「こんな土道をキャリーケース転がしてきたから、道とキャスターが被害にあってる。」

夏乃「あはは。ほんとだ。ガタガタじゃん。さとばぁに怒られるかもよ?」

岳「見つかる前に逃げるし!」


渡来岳は、同じく幼なじみで、現在19歳。

ちなみに、さとばぁって言うのは、渡来さとが本名で、岳のおばあちゃんだ。


晃人「岳、元気そうだな?」

岳「ぼちぼち!」

夏乃「岳が大学生だもんねぇ。」

晃人「しかも街の。」

岳「悪いか!」

夏乃「この辺りで街の大学に行ったのは岳ぐらいだもんね。」

晃人「そうだなー。俺も地元の大学だし。」

岳「アキ兄の頃とは時代が違うし?」

晃人「黙れよ。」

夏乃「あはは!そういえば岳と晃人って…6コぐらい離れてるんだよねぇ。」

晃人「何か自分がすごいおっさんに感じる…。」

夏乃「10代には勝てないって。」

晃人「地味に落ち込むわー。」


岳「あ、そういや、俺の話してなかった?」

夏乃「え?あ、あぁ…あたしが高校の頃ね、幼なじみ全員に妬いてたアホな彼氏がいたって話。」

岳「あー。街のやつらには恋愛感情じゃなく、何でも知り合えてる存在の意味わかんねぇんだろなー。」

夏乃「わかる?わかる?あたしも悩んだんだよねぇ。そのことについては。」

岳「夏乃ちゃんでも最初は温度差感じてたんだ?」

夏乃「でも、って何さ。」

岳「すぐあっちに染まったじゃん?」

夏乃「そうかなー?」

岳「俺、こっちの高校だったから18の頃の夏乃ちゃんが都会の姉ちゃんに見えてたよ。」

夏乃「ははっ。都会の姉ちゃんって。」

晃人「確かに、急激にキレイになったよなー。」

夏乃「やっだ!晃人ったらー。」

晃人「あの頃だけな。」

夏乃「んなっ!今も都会の姉ちゃんでいけるでしょっ!」

晃人「縁側でハラ出して寝転がってる女が都会の姉ちゃんかよ?」

岳「夏乃ちゃん…ハラはまずいって。危機感持とうよ…。」

晃人「俺と同じこと言ってるし!」

夏乃「……気をつければいいんでしょっ!!…はぁ。」


あたしは、イラつきつつも、自分では気付いてないほどの

女度の落ちっぷりにがっくりした。


晃人「夏乃、落ち込んじった。」

岳「ははは。そーだ、夏乃ちゃん。」

夏乃「なーんでーすかー。」

岳「千紗は?」

夏乃「え?あぁ…千紗ーはー…」

岳「出掛けてんの?」

夏乃「うん。ちょっと…」

岳「彼氏んとこ?」

夏乃「え!彼氏いるの知ってんの?」

岳「ユキ兄だろ?千紗から聞いてる。」

夏乃「…」

岳「そんな顔すんなよ。俺、別に平気だし。」

夏乃「岳…」

岳「じゃー…」

夏乃「あ、ねぇ!岳はいつまでこっちにいるの?」

岳「夏休み中ずっといるけど?」

夏乃「そか。…じゃー、頑張って!」

岳「何を?」

夏乃「そのうちわかる何かを、よ!」

岳「?意味わかんね。じゃ、俺とりあえず実家戻るわ!」


そう言って、無理矢理キャリーを引っ張って去っていった。


夏乃「あーぁ…道ガタガタ。」

晃人「…岳って千紗のこと好きだったんだ。」

夏乃「あー…うん。」

晃人「全然知らなかった。」

夏乃「あたしも。…街への大学進学のことで悩んでるときに聞くまで気付きもしなかったよ。」

晃人「だよなー…。あの2人は姉弟にしか思えなかったよ。」

夏乃「うん。」


生ぬるい風が吹いた。

太陽が空の1番上にある、そんな午後2時のこと。



2.あの頃といま

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