あたしは忘れない。 こんなあたしだってわかっていながらも、 いつも笑ってそばにいてくれる、 あなたを。 〔いらっしゃいませー〕 有弓「菜月〜。シークァーサーチューハイここにあるよ!」 菜月「あーーーったー!3件目にしてやっと…あとは〜…」 有弓「こんなもんじゃない?」 菜月「足りる?」 有弓「足りなかったらまた買い出しくればよくない?」 菜月「いや…面倒かなぁって。」 有弓「でもあの中から抜け出せるしさ。」 菜月「そっか!そうだ!…じゃ、もっと減らそっか。」 有弓「減らす?減らしちゃう?そんで買出し口実で抜ける?」 菜月「やっちゃうか?」 有弓「やっちゃうか?やっちゃうのか?菜月ちゃん!」 菜月「やっちゃ…ってシラフだとウザイね、このテンション。」 有弓「…ですね。持ち合わせがなかったとか言っちゃおっか。」 菜月「そだねー!」 あたしは、樫原菜月。大学2年生、20歳。 大学の友達、広倉有弓と、これから開催されるサークル飲みのお酒の買い出し中。 本当のこと言うと、かなり面倒。 あたしたちは今日5限まで授業があったので、 早く帰りたくて、最初は飲み会に参加することそのものを拒否したのに、 先輩たちが強引にあたしたちを引き入れた。 しかも、飲みたいものをリクエストしてきた先輩もいて、 シークァーサーチューハイがなかなか見つからなくてコンビニを3件も回って、 すでに、グダグダであった。 《ドンッ》 菜月「痛っ」 「あ、すいません!」 菜月「…」 有弓「何あの店員…!菜月、大丈夫?」 菜月「平気、平気。真ん中で立ってたあたしが悪いし。」 有弓「そう?」 〔ピリリリリー〕 有弓「あ。ヒデ先輩からだ。」 菜月「マジ?買い出しの追加かなぁ?あたし会計しちゃうよ!」 有弓「そだね!帰ってる途中って言えば平気だしね。」 「3675円になります。」 あたしは5000円札を出した。 「1325円のおつりになります、ありがとうございました。」 「あのー。」 菜月「はい?」 「さっきは前見てなくてすいませんでした。」 菜月「あー!いえいえ。気にしないでください。」 「ども。あー…っと、袋分けますか?」 菜月「え?」 「2人で持って帰るんすよね?」 菜月「2袋で平気ですよ。そこの大学までなんで。」 「あ、そーなんすか。」 菜月「お気遣いありがとうです。」 「いえ。」 そう言って、大量のお酒と大量のつまみを2袋に分けてレジ袋に詰めてくれた。 「ありがとうございましたー。」 ちょっとぶつかったくらいで、 かなり丁寧に謝ってくるから、気になって名前を見た。 『笹原』というそうだ。 ササハラ。 どっかで聞き覚えがある。 ササハラ…。 …! 中学校時代の同級生に『笹原』という名字の人がいたことをふと思い出した。 ちょっと珍しい名字だったから何となく覚えていたんだけど。 同級生の笹原はあたしの憧れの人だった。 優しくて、いいやつで。 …って言っても話したことは1度もないんだけど、 ひょっとしたら好きだったのかも知れない。 今となっちゃ、もう関係ないし、わからないんだけど。 第一、この店員さんが同級生の笹原とは限らないし。 菜月「お待たせー。」 有弓「お、来た来た。何か長くなかった?」 菜月「あー…店員さんがさっきぶつかったことまた謝ってくれた。」 有弓「へー…いい人だったんだねぇ。」 菜月「ね?律儀っていうか。珍しいよね、今どき。」 有弓「…ぶつかったくらいでちゃんと謝るやつって都会じゃあまりいないよね。」 菜月「冷たい街だよね、ま、嫌いじゃないけど。」 有弓「うん、あたしも。嫌いじゃない。」 あたしと有弓はお酒を持って、大学までの道のり5分を 少しマジメに話しながら、歩いた。 菜月「あ。で、ヒデ先輩なんだって?」 有弓「…ツナのおにぎり買って来てっていうくだらない電話だった。」 菜月「おにぎりがつまみになるの?」 有弓「ヒデ先輩は変わり者だからねぇ。」 菜月「とか何とか言っちゃってー。好かれてるくせにー。」 有弓「…付き合う気ないもん。」 菜月「そうなの?あたしてっきり有弓ってヒデ先輩のこと好きなんかと…」 有弓「んー…そんなふうに思った時期もあったんだけどね。今は…友達って感じかも。」 菜月「そっか。」 有弓「…今のバイト先にね、大学2年生の人がいてね。」 菜月「うん?」 有弓「こないだその人がヘルプで来てて、たまたまシフトが一緒になったの。いつもは全く会わないんだけど。」 菜月「うん。」 有弓「初対面同士だからさー…面倒なことないように気をつけてたんだけどトラぶっちゃってね。」 菜月「あらら…。」 有弓「クレーム来ちゃって。店長もいなくてあたしテンパっちゃったらさ…その人やたら落ち着いてて。」 菜月「…惚れちゃった?」 有弓「…うん。あたしに足りないもの持ってる人な気がしてね。」 菜月「そっかそっかー。」 有弓「その人に会ってからさ…って言ってもまだ3回しか会ってないけどさ。」 菜月「うん。」 有弓「ヒデ先輩ってあたしの中で友達のポジションに変わっちゃってたなぁ、って思って。」 菜月「…仕方ないよね。時間は気持ちを変えることもあるし。」 それから、お酒とつまみを置いて、最初の乾杯にだけ参加して、 あたしたちは、チューハイ缶片手にこっそりサークル部屋のベランダに出た。 そこで、有弓といろいろな話をした。 だけど、すぐヒデ先輩に見つかって、 飲み会に参加するように言われたけど、『お酒が足りないですねー!』と言って、 あたしたちはまた買い出しに逃げて、 お酒を置いて、ヒデ先輩の目を盗んで、またベランダに出た。 さっきまでは立ってたけど、今度は座り込んで話した。 2回目の買い出しのときも『笹原』はいた。 あたしは今度は落ち着いて『笹原』の顔を見たが、 さっき、考えていたせいか、どことなく同級生の笹原を 成長させたように見えちゃって、その記憶を忘れようとした。 * --------------------2週間後。 菜月「遅刻遅刻遅刻…!」 あたしは、寝坊をして2限の授業に遅れそうだった。 この授業は、結構サボっちゃってて余裕がなかったので、焦っていた。 そんなとき… 《…ドンっ…カシャーンッ!》 菜月「…!?」 デジャブ?…いや、違う。 それより、何か割れた? 「すいません!大丈夫っすか?」 菜月「あー…あたしは平気ですけど…」 と言って、視線を下から上にあげた。 「鏡割れて…る。」 菜月「あ!」 「え?」 菜月「…いえ。」 『笹原』だ。 コンビニの店員の。 「すいません!弁償します!」 菜月「あー…100均なんでいいですよ。」 そう言って、あたしはティッシュを広げて、鏡の破片を集めて載せようとした。 「あ、俺やります!危ないし。」 菜月「ありがとうございます。本当気にしないでください。」 「けど…」 菜月「ファスナーのないバックに鏡入れてたあたしが悪いし、それに急いでたので。」 「…」 菜月「…ってそうだ!急いでるんです!ごめんなさい。それ捨てといてください。」 「あ、ちょっと…」 あたしは『笹原』が呼び止めるのを無視して、走った。 菜月「っあー…。」 有弓「どしたの。朝からそんなグダグダで。」 菜月「遅刻しそうになって駅からずっと走ってさー。」 有弓「…お疲れ。」 菜月「それにまたぶつかったし。」 有弓「また?」 菜月「ほら、コンビニでぶつかられたさー…」 有弓「あぁ、あの店員ね。って、遅刻しそうなのにコンビニ行ったの?」 菜月「ううん。そのコンビニ店員に駅前で会ったの。」 有弓「何か運命的〜。」 菜月「バカな。」 有弓「乙女たるもの夢持ちなよ。」 菜月「乙女はとっくに卒業しましたから。」 有弓「あはは。じゃあ今は何さ。」 菜月「…さぁ?」 それから授業を受けて、今日は4限までだったので、 16時を過ぎてしまい、有弓は「バイトに遅刻するー」と言いながら、 走って駅まで向かった。 あたしはゆっくりと大学最寄り駅まで歩いて、 電車で15分、地元駅へと向かった。 途中、ちょっと眠りそうになりながら、「今寝たら終点かも!」と、 自分をちょっと脅しながら頑張って起きていた。 地元駅に着いて、少しふらふらしながら電車から降りた。 菜月「ねむ…」 そのとき、あたしの足元に何枚かの紙が乗っかった。 あたしは「何だ?」と思って、拾い上げた。 それはプリントで、1番上に〔国際的に環境問題を捉えるには…〕と書かれていた。 菜月「国際的…?環境?」 「あー!お姉さん!」 誰?知らない人だ…。 あたしじゃないな、と思って無視をして、またプリントを見た。 「そこのプリント持ってるお姉さんやって。」 ん?あたしのこと? 菜月「え?あたし?」 「そうや、お姉さん。プリント拾うてくれてありがとーな。」 菜月「あぁ…これか。いえ。」 「風が強うてなー。友達が飛ばしてもうたんよ。」 菜月「そうだったんですかー。下に落ちなくて良かったですね。」 そう言いながら、あたしはホーム下を指差した。 「そうやねー。駅員に棒みたいんで、紙とってもらわなで、そんなんもう笑うしかないやねんもんなー。」 菜月「それやってもらってる間の空気がかなり厳しいですよね。」 「なー。あ、これも何かの縁!仲良くしたってなー。俺、伊佐木邦言います。邦って呼んでや。」 菜月「あー…樫原菜月です。」 邦「でー、菜月ちゃんは今の時間に私服でいるってことは、学生?」 菜月「はい。大学2年です。」 邦「おぉ。…ってことは20歳?」 菜月「そうですよー。」 邦「俺も2年なんよ。浪人しとるから、歳は菜月ちゃんより2個上やけどな。」 菜月「そうなんですかー。」 邦「敬語とかいらんし、普通にな!」 菜月「うん。」 「邦ー。プリント拾……」 菜月「あ!」 「…あ!鏡の!」 菜月「こんにちは。」 邦「何?お前ら知り合いやったん?」 「さっき言ったじゃん。俺が朝、ぶつかっちゃって鏡割っちゃったっていう…」 邦「あー!それ菜月ちゃんやったんや!」 「邦こそ知り合い?」 邦「俺は今そこで知り合って名前聞いたんや。」 「早…。」 邦「菜月ちゃん。」 菜月「はい?」 邦「こいつ、菜月ちゃんと同い年で笹原将貴ゆーんよ。」 菜月「…え?名前、将貴っていうの?」 将貴「あぁ。」 邦「知っとんの?」 菜月「あ、いや…。」 将貴「どーも。」 菜月「あ…樫原菜月って言います。」 まさか。 まさか、コンビニの店員の『笹原さん』が同級生の『笹原』だなんて。 確か、あたしの記憶が正しければ、同級生の笹原の下の名前はマサキだった。 多分、この人があたしの当時の憧れだった笹原くんだ。 邦「なぁなぁ、俺ら、M学院大やけど、菜月ちゃんは?」 菜月「あー…あたしJ大ってとこ。」 邦「あぁ!…せや、将貴のバイト先J大の近くやなかった?」 将貴「そうだよ。」 菜月「働いてるのDAYSでしょ?」 将貴「知ってんだ?」 菜月「覚えてない?何週間か前の夜中に大量にお酒を買い込んでた女2人組。」 将貴「え…?……あ!あのときの?」 菜月「そう。」 邦「なんや。やっぱ知ってたんやないの。」 菜月「んー少しだけね。でも名前は今日知ったの。」 将貴「けど、よく覚えてたなー。」 菜月「…あのコンビニ、常連だもん。」 将貴「へー。」 邦「大学前にあるんじゃそうやよなー。」 《3番線に電車が入ります。黄色の線より下がって…》 菜月「…電車来るね。」 邦「あ、良かったら携帯教えたってなー。」 菜月「え…でも邦たち乗るんでしょ?この電車…。」 邦「おぅ。あーっと…赤外線ついとる?…って俺の携帯ではどこで受信するんやったかな…。」 邦が携帯をカチカチいじっている間に、 あたしは、手帳を開いて、メモ欄に急いで名前と番号とアドレスを書いた。 菜月「はい。急いで書いたから汚いけど…ここに連絡ちょうだい。」 邦「おー!ありがとなー。」 菜月「笹原さん!良かったら笹原さんも連絡ください。」 将貴「ん?あー…わかった。」 菜月「じゃー…。」 邦「え!菜月ちゃんは乗らんの?」 菜月「うん。あたしここ地元だから。」 将貴「…偶然。俺もここだよ。今から大学行くから乗るけど。」 菜月「そ…うなんだ。」 邦「なんや、俺ら接点多いな。」 将貴「邦は接点あったっけ?」 邦「…大学2年生?菜月ちゃんによく会う将貴の友達?」 将貴「…まーね。」 菜月「あはは。ウケる!」 邦「ウケないでや!ほななー!連絡するー。」 将貴「…また。」 菜月「うん、ばいばーい。」 驚いた。 邦が積極的だったからか、お友達になっちゃった。 …これからは笹原と話すことも増えるんだろうなぁ。 同級生だったっていつ言おう? 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